大阪地方裁判所 平成6年(ワ)1833号 判決 1995年9月18日
原告
X
右訴訟代理人弁護士
大深忠延
同
斎藤英樹
東京都中央区<以下省略>
被告
岡三証券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
塚本宏明
同
桐山昌己
同
魚住泰宏
福岡市<以下省略>
被告
Y1
右訴訟代理人弁護士
岡村久道
同
堀寛
主文
一 被告らは、各自七一万八〇一二円及びこれに対する平成六年三月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自、原告に対し、三五四万〇〇六四円及びこれに対する平成六年三月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、被告岡三証券株式会社(以下「被告会社」という。)の証券外務員である被告Y1(以下「被告Y1」という。)の勧誘によって投資信託を購入した原告が、被告Y1の右勧誘が違法であること等を主張して、右投資信託の値下がりによって受けた損失分等について、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
二 争いのない事実
1 当事者等
(一) 被告岡三証券株式会社は、証券取引法に基づく大蔵大臣の免許を得て有価証券の売買等を業とする証券会社である。
(二) 被告Y1は、本件投資信託取引当時、被告会社の宮津支店の証券外務員であった。
2 本件投資信託取引の経緯
(一) 原告は、投信委託会社である日本投信委託株式会社の発行する投資信託である「システムユニット89」(単位型・株式投資信託、以下「本件投資信託」という。)を、同社の指定証券会社(投信委託会社の発行する受益証券について募集・販売等を取り扱う証券会社)である被告会社(宮津支店)から別表のとおり合計一〇八八口購入し、(以下「本件取引」という。)代金合計一〇八八万円を被告Y1に渡した。
(二) 本件投資信託は、後述する株式組入比率の制限のない成長型・単位型株式投資信託であり、信託期間は四年間で、うち二年間は原則として換金できない(クローズド期間)というものである。
(三) 被告会社は、原告に対し、本件投資信託についての受益証券説明書を交付せず、また、平成四年九月に初めて運用報告書を交付した。
(四) 原告は、被告会社に対し、本件投資信託の解約の請求をし、平成五年九月三日解約代金七六三万九九三六円が原告に支払われた(但し、右代金から銀行振込料三七〇円が控除)。
3 投資信託について
(一) 投資信託の意義と仕組み
投資信託とは、「信託財産を委託者の指図に基づいて特定の有価証券に対する投資として運用することを目的とする信託であって、その受益権を分割して不特定多数の者に取得させることを目的とするもの」をいう(証券投資信託法二条一項)。
投信委託会社(委託者)は、信託銀行との信託契約を締結し、投資信託の利益を受ける権利を表象する「受益証券」を発行するとともに、同証券を多くの投資家(受益者)に募集・販売し、それによって集められた資金(信託財産)を有価証券に投資することの実質的指図を行い(運用)、投資家はその運用の成果である収益を受益権割合に応じて分配金ないし償還金として受け取ることになる。
投信委託会社は、信託約款に基づき契約によって特定の証券会社を指定する。この指定証券会社は主として、①受益証券の募集、売買の取扱い、②収益分配金や償還金支払の取扱い、③受益証券の引換えや保護預かり、④委託会社に対する買取受益証券の一部解約請求及び受益者からの一部解約請求の取次ぎ、⑤募集販売に関する必要事項について、委託会社との相互連絡等の業務を行っている。
(二) 投資信託の分類
投資信託は、運用の対象や募集形態、分配方法によって次のように分類される。
(1) 運用の対象として、株式をいっさい組み入れず、公社債を中心に運用する投資信託を「公社債投資信託」という。国が発行する国債や一流企業が発行する社債など、元本が安全・確実なもので運用するため、安定した収益が期待できる。中期国債ファンドがその代表的な商品である。
これに対し、運用対象に株式を組み入れたり、株式への転換が可能な転換社債を組み入れた投資信託を「株式投資信託」という。運用対象に株式を組み入れて収益性を重視する反面、信託財産は株価によって大きく変動することになる。この「株式投資信託」は、株式組入比率により、更に次のように分類できる。
①「安定型」
株式組入比率を五〇パーセント以下に制限し、一流企業を中心とした優良株など、比較的安定した動きをする株式と、安全・確実な公社債で運用するもの
②「成長型」
株式組入比率に制限を設けず、株式の値上がり益を積極的に追求するもの
③「安定成長型」
株式組入比率を七〇パーセント未満とし、公社債によって安定性を確保する一方で、株式への投資で成長性をも加味したもの
これらの株式投資信託のうち、「成長型」は最も株式投資に近い存在でリスクが高く、「安定型」は株式組入比率を五〇パーセント以下としてリスクを抑え、「安定成長型」はその中間に位置する。
(2) 募集形態として、いつでも購入・換金ができ、信託期間(満期)が定められていない(定められていても一〇年以上などの長期)ものを「追加型(オープン型)投資信託」という。「追加型投資信託」では、最初に募集された信託の募金の上に次々と追加設定を行って、一個の大きな基金として運用するもので、多くは信託期間がない反面、原則として時価に基づく売買が自由なことから、株式に準じた投資対象としての性格をも持っている。
これに対し、信託期間が予め定められ、資金の追加設定が認められないものを「単位型(ユニット型)投資信託」という。「単位型投資信託」では、運用面で計画的な長期投資に適するように、あらかじめ信託期間が定められ、また収益分配などもこれに沿って、償還時までなるべく蓄積している方針がとられており、募集された資金が一個の独立した単位として信託、運用される(信託期間は五年ないし七年が主流)。購入は、募集期間だけに限られ、資金の途中追加は認められない。
「単位型投資信託」の中には、商品性格が同一のものを毎月募集する「定時定型」と、経済情勢に伴い随時募集される「スポット型」とに分かれる。
また、「単位型投資信託」には、償還まで換金できないもの、購入後一定期間は換金できないもの、購入後いつでも換金できるものなど、商品によって異なる。
(3) 分配方法として、収益分配金を通常一年ごとの決算期に定期的に受け取るタイプを「分配型」、当初の一年目、二年目などは分配は行わない、もしくは信託期間中は分配せず、満期時や途中換金時に一括して受け取るタイプを「無分配型」という。
(三) 投資信託の換金方法
(1) 投資信託の購入者は、通常、証券会社へ当該投資信託の申込みをし、申込金(出資金)を払込み、投信委託会社が発行した受益証券の交付を受け、証券会社を通じて収益の分配金を受け取り、あるいは信託期間の満了時に償還金を受け取る。
(2) 追加型投資信託においては、いつでも換金(買取請求ないし解約請求)が可能である。しかし、単位型投資信託においては、通常、効率的で計画的な運用を促進するため、購入後、一定期間は原則として解約できない期間を設けており(クローズド期間)、このクローズド期間内は本人の死亡など特別の場合を除いて換金できない。クローズド期間を過ぎた後は、信託期間満了まで待って償還金を受け取ることも可能であるし、途中、証券会社を通じて当該受益証券の買取請求ないし解約請求をすることによって換金することが可能である。
以上のとおり、投資信託は、投資の専門機関である投信委託会社が一般投資家から集めた資金を有価証券に投資して運用し、その成果を投資家に還元するものであるから、元本を保証するような商品ではなく、また、投資信託にも株式を組み入れる「株式投資信託」と株式を組み入れない「公社債投資信託」があるところ、後者の投資対象は確定利付きで元本の確実な債券であるため、ほぼ元本割れということはなく、銀行預金と同じような性格を持つものが多いのに対し、「株式投資信託」のうち、株式組入比率の制限のないもの(成長型)は、実質は株式投資とほとんど変わらず、株価変動による損失を受ける可能性が極めて大きく、投資信託の中でも最もリスクが高い。
三 原告の主張
1 被告らの違法行為
(一) 適合性の原則違反
(1) 証券会社は、投機性の強い証券から比較的安全な証券まで、さまざまな種類の証券を取り扱う専門家であって、証券及び証券取引についての詳細な知識と豊富な経験を有し、また必要な情報を収集し、分析する能力を持っていることから、一般投資家は証券会社が証券取引についての専門的な知識、十分な投資情報、豊富な取引経験を持つものと信頼し、また、証券会社の投資勧誘には合理的な根拠があり、かつ、それが顧客にとって適当な証券であるとの信頼をおいて取引を行うものであるから、証券会社が顧客を勧誘して投資を行わせるに際しては、顧客の属性、資産状態、資金の性格、資産の目的や趣旨、投資経験の有無、内容、投資意向等に照らして最も適合した投資勧誘を行うべきである。
(2) 原告は、本件取引当時、約七年半勤めた法務局を退職して無職となり、司法書士をめざす受験生であったが、右の七年半の間給与からこつこつと貯金をして長期国債ファンドやビッグなどに預けていたところ、原告は、第一回目の司法書士試験に失敗し、将来の長期受験生活を計画していた直後のことであり、これに備え、安全で一円でも利息の付くものにこれまでの蓄えを預け替えようとしていたものであって、それまでに中・長期国債ファンドといった公社債投信の取引経験があるのみで、株式取引の経験もなく、投資信託の知識や経験もなく、危険性の高い取引を行う意思は全くなかった。
(3) 被告Y1は、原告の属性、投資経験、投資意向、投資目的、資金の性格を何ら考慮せず、また的確な情報を提供することなく、元本割れする危険性が大きい本件投資信託を勧誘したものであった。これは原告にとって適格性を欠く取引の勧誘であり、違法な勧誘である。
(二) 説明義務違反
(1) 証券会社と一般投資家との間では、証券取引についての知識、情報において大きな差があり、一般投資家は、証券会社が証券取引の専門家であって、豊富な取引経験、投資知識、投資情報を有しているとの信頼を抱き、証券会社の投資助言によって取引を行うものであり、投資家が自由で合理的な投資判断をするためには、証券会社の正確かつ公正な情報に基づく投資助言が不可欠であり、証券会社はそれによって収益を得る関係にあることからすると、証券会社が投資家に投資商品を勧誘する場合には、信義則上、投資家が当該取引に伴う危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務を負い、投資家の投資経験や財産状態に照らして過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負う。
(2) 投資信託には、預貯金と同じようなほとんど元本割れしないような安全な公社債投資信託から、ほとんど株式投資と異ならない株式投資信託(成長型)など、多種多様な投資信託が存在し、しかもその名称が元本保証の貸付信託と類似していることから、一般の投資家にも誤解されることの多い有価証券であって、原告のような証券取引経験の極めて乏しい一般投資家には元本割れなどの危険が十分理解されていない商品であった。
本件投資信託は、単位型株式投資信託の一つであり、かつ株式組み入れ制限のない成長型株式投資信託であって、信託財産の約八〇パーセントは株式で運用されるという点で株式投資とほぼ同一視でき、株価が上昇すればそれに見合った収益を上げることができる反面、株価が下落すれば大きな損失を被る危険性がある。
(3) 被告Y1は、原告に対し、本件投資信託について、四年満期であること、二年間は解約できないこと、申込み期間が平成元年九月二二日までであることを説明したほかは、「銀行預金より有利です。信託銀行のビッグと比較してもずっと利回りが良いです。」「これまでの運用実績からいって二桁の一〇数パーセントで回ることもあります。」などと述べて過去の投資信託の利回りが良いことのみを強調し、投資信託制度の仕組み、本件投資信託の運用方針及び本件投資信託では株式投資がほとんどであり、株価変動によっては元本割れの危険性が大きいことを原告に説明・表示することもなく、原告に対して「受益証券説明書」はもとより、パンフレットも交付しなかった。そして、原告が本件投資信託を購入する場合でも、当時購入していた信託銀行の「ビッグ」を解約しなければならず、解約してまでも預け替える意義があるのかとの原告の質問に対しては、「ずっと有利です。」「解約手数料を上回る利回りが出ますから。」と回答し、「募集期間が限定されているので、この期間を逃すと、今度いつ発売されるかわかりませんよ。」と述べ、また、原告が住友生命の一時払養老保険に加入していることを伝えると、「住友生命なんてだめですよ。」と答え、原告の「汗水垂らして作った大事な虎の子だが、大丈夫か。」との問いに対しても、「大丈夫です。」「心配ありません。」と述べて執拗に勧誘し、あたかも元本が保証されているかのごとき説明をなし、元本割れの可能性があることを説明ないし表示せず、原告に元本の安全な商品で、しかも利回りのよい商品である旨誤信させ、本件取引を行わせたものである。
(三) 虚偽・不実表示による勧誘
(1) 証券会社が投資勧誘を行う場合には、投資家の適正な判断に資するため、証券の性格、仕組み、危険性等の重要事項について、正確かつ適正な情報を提供しなければならず、虚偽の情報を提供し、あるいは重要事項を説明しないなど、投資家の投資判断を誤らせてはならず、このことは証券取引法五〇条一項三号、健全性省令一条一項等によって義務付けられているところである。
(2) 被告Y1は、受益証券説明書を交付せず、本件投資信託はほとんど株式に運用されるもので、元本割れの危険性が大きいのに、これらを説明しなかった。また、被告Y1が原告に交付した資料にも、「過去の実績の一例であって将来の同種投資信託の運用とは全く無関係であること」「株価変動によっては元本割れすることもあること」等の危険告知の表示を行わなかった。これは、不作為による虚偽、不実表示による勧誘として違法であり、これにより原告は、本件投資信託が元本の安全な商品で、しかも利回りのよい商品である旨誤信し、これを購入したものである。
(四) 受益証券説明書交付義務違反
被告会社は、原告に対し、受益証券説明書を交付しなかったものであるところ、証券投資信託法二〇条の二においては、投資信託においては、投信委託会社が受益証券説明書を作成し、投資信託取得者の利用に供しなければならない旨規定しており、同法施行規則一一条の二は、投資委託会社は、受益証券説明書について、証券会社に交付させる等して、投資家の利用に供する措置を講じなければならないと規定している。これは投資信託の詳細を投資家に対して開示するもので投資家保護のために必要不可欠のものであり、かつ、被告会社の業務方法書に「投資信託販売の際には受益証券説明書を投資家に交付する」旨の記載があるから、その交付が証券会社に義務づけられており、その不交付は投資家に対する違法な行為である。
(五) 運用報告書交付義務違反
運用報告書は、投資信託法一二条二項によって投信委託会社に作成が義務付けられるものであり、日本投信委託株式会社から本件投資信託の募集、販売の委託を受けた被告会社は、同社と共同して運用報告書を原告に交付すべき義務を負うところ、被告会社は、原告に対し、平成四年九月に至るまで運用報告書を交付しなかった。本件投資信託は、クローズド期間が満了した平成三年九月二一日の時点で、基準価格が八一九三円であり、この時点において、被告会社から適切な情報提供があれば、原告は本件投資信託の運用状況を認識し、解約又は買取の請求することができたのに、被告会社の運用報告書不交付、価格情報の提供の懈怠により、原告はその機会を失ったものである。
以上のとおり、被告Y1は、本件投資信託の違法な勧誘を行った者として不法行為責任を負うものである。また、被告会社は、証券会社として尽くすべき以上の注意義務に違反したものであるほか、被告Y1の使用者としても不法行為責任を負うものである。
2 原告の損害
(一) 原告は、平成四年九月末ころ、被告会社から、「運用報告書」なる書面が原告に送られてきて、初めて本件投資信託が元本割れの危険がある商品であることを認識したものであり、その後、平成五年七月ころ、被告会社から、「『システムユニット89』運用概況のお知らせ」と題する書面が原告に送られ、基準価額が元本割れとなっていること、同年九月二一日の満期には元本割れのまま償還を迎える可能性の高いこと、この対応として本件の信託期間の延長をする予定であることが記載されていた。
しかしながら、原告は、信託期限の延長に同意すると、被告らの勧誘段階での説明義務違反を追認することになると考え、被告会社に対する本件投資信託の解約請求を行ったものである。
(二) 原告は、被告らの前記1の違法な行為により、本件投資信託購入代金額一〇八八万円とその解約代金額七六三万九九三六円の差額分である三二四万〇〇六四円及び本訴提起のための弁護士費用三〇万円の合計三五四万〇〇六四円の損害を被った。
四 被告らの主張
1 被告らの行為の適法性
(一) 適合性の原則違反について
(1) 原告は、四年制大学の法学部を卒業し、法務局勤務を経て、本件取引当時は三二歳の司法書士試験の受験生であり、法律的な知識は比較的豊富であり、社会常識を通常人以上に備えていた。
(2) 原告は、被告Y1に対し、無職であることは伝えておらず、かえって、亡父の後を引き継いで幼稚園の経営をしている旨告げ、資産的には余裕があるかのような言動をしていたのであるから、被告Y1において、原告には資産的に何ら問題がないと考えても無理はなかった。
(3) 原告が本件投資信託購入の原資は、信託銀行の貸付信託「ビッグ」や一時払養老保険であって、本件取引までは引出しを行っていないのであるから、いずれも生活のため必要な資金ではなく、高利回りを指向した貯蓄であって、いわゆる余剰資金というべきものである。
(4) したがって、本件取引当時、原告が本件投資信託の取引を行う適格を有しており、これを疑うに足る事実は存在しなかった。
(二) 説明義務違反、虚偽・不実表示による勧誘について
(1) 原告は、平成元年八月下旬ころ、被告会社宮津支店に電話をかけてきたので、被告Y1が応対したところ、お金があるので何か良い物があれば投資したいとのことであったため、同被告は、本件投資信託が募集中であることを伝えたところ、原告は同被告に対し自宅訪問方を依頼したので、翌日ころ、同被告は、原告方を訪問し、本件投資信託のパンフレットを原告に交付し、本件投資信託が株式を中心に運用されるものであること、信託期間が四年であること、二年間のクローズド期間中は原則として換金できないこと等の重要事項を説明し、株式投資信託のリスクについても説明した。このパンフレットには投資の具体的な内容及び元本が保証されているものではないことが記載されている。その際、被告Y1は、過去に募集された同種の投資信託利回りを過去のものであると断って示し、原告が、今後相場がどのように動くか分からないので、もしこの商品を購入することになった場合、同年一二月ころ位でも、この商品の単価の動きを連絡してもらえないかと申し出たので、被告Y1はこれを承諾した。原告は、当日は本件投資信託の購入を申し込まず、平成元年九月一日六三八万円を、同月一三日四五〇万円を、それぞれ被告会社に支払って本件投資信託を購入した。
(2) 右のとおり、被告Y1は、本件投資信託を勧誘する際の説明義務を履行しており、元本が保証されているとの誤解を生じさせるような説明もしていないのであって、原告は、本件投資信託の概要を理解し、十分検討した上で自らの意思及び判断により本件取引を行ったものである。
(三) 受益証券説明書交付義務違反について
被告会社は、原告に対し、受益証券説明書を交付していないが、証券投資信託法二〇条の二第一項、同法施行規則一一条二項は、投信委託会社に対し、証券会社に交付させる等投資家の利用に供する措置を講ずることを求めるにとどめたものであるから、証券会社に対し投資家に受益証券説明書の交付を義務付けているものではない。そして、被告会社においては、平成元年当時、本件投資信託を含む株式型投資信託の受益証券説明書を店頭に備え置いて投資家の閲覧に供していた。また、業務方法書は、証券会社の自主的な基準であって、証券会社と顧客との間の規範を定めたものではないから、業務方法書の記載内容に反した行為が投資家に対する不法行為になるものではない。
(四) 運用報告書交付義務違反について
被告会社は、平成四年九月に初めて運用報告書を交付したのは、そのころから社団法人証券投資信託協会の「受益証券説明書の交付」及び「信託財産運用報告書の交付」に関する委員会申合せの改正により、受益証券説明書及び運用報告書の交付の徹底がはかられたことによるものであり、証券投資信託法二〇条の二第二項、同法施行規則一二条二項は、委託会社に対し、証券会社に交付させる等投資家の利用に供する措置を講ずることを求めるにとどめたものであるから、証券会社に対し投資家に受益証券説明書の交付を義務付けているものではない。そして、被告らは、原告に対し、本件投資信託の基準価格を原告の求めに応じて報告しており、右基準価格以外に関する事項についての報告を求められなかったのであるから、原告に対し、平成四年九月以前において、運用報告書を送付する必要はなかった。
2 過失相殺
仮に被告Y1又は被告会社に不法行為責任が認められるとしても、原告には相当の過失がある。
五 争点
1 被告Y1の本件取引の勧誘が違法であるか
2 被告Y1の本件取引の勧誘に関して、あるいは運用報告書を原告に交付しなかったことについて、被告会社に不法行為責任があるか
3 原告に過失相殺が認められるか、その割合はどうか
第三争点に対する判断
一 証券取引の勧誘行為について
1 投資信託の受益権を表象する受益証券は、証券取引法上の有価証券であり(証券取引法二条一項七号)、証券会社又はその役員若しくは使用人の行う受益証券についての投資勧誘に関しては証券取引法が適用される。
そして、証券取引法五〇条一項一号及び五号、「証券会社の健全性の準則等に関する省令(昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号)一条(平成三年一二月改正前のもの)は、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示等を禁止し、社団法人証券投資信託協会の「業務規程」(甲第二号証)は、証券会社は、受益証券の募集・勧誘にあたっては、商品性格に応じた資金の確保に努めるとともに、投資者の意思を尊重した募集・販売を行うものとすること(八条)、元本が保証されているかの如き誤解を与える表示や証券投資信託の将来の運用成績について断定的判断を提供する表示をしてはならないこと(一一条)等を規定している。
2 ところで、証券取引は、本来、相場の変動によって利益又は損失を生ずる取引であって、証券業者が顧客である投資家に提供する情報や助言も不確定な要素を含む予測や見通しの域を出ないのが通常であるから、投資家自身が当該取引の危険性の有無、程度やそれに耐え得るだけの財産的基礎を有するか否かを自らの責任において判断すべきであるといういわゆる自己責任の原則が妥当するものである。しかし、証券取引の知識、情報については、証券会社と一般の投資家との間では質的、量的な差異があり、投資家は証券取引の専門家である証券会社の提供する情報や助言に依拠して取引を行うかどうかを判断するものであり、証券会社は投資家に対し投資商品を提供することによって利益を得る立場にあることからすれば、証券会社及びその従業員が投資家に対し投資商品を勧誘する場合には、投資家が当該取引に伴う危険性についての適格な認識形成を妨げるような虚偽の情報や断定的情報を提供することが許されないのはもちろんであるが、複雑な内容の投資商品や取引に伴う危険性が高い投資商品を勧誘する場合にあっては、当該投資家がその投資商品に精通している場合を除き、投資家の意思決定に当たって認識することが不可欠な当該商品の概要及び当該取引に伴う危険性について説明し、投資家の投資目的、投資経験及び財産状態等に照らし明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき信義則上の注意義務を負っているものというべきであって、右1に掲げた諸規定も同じ趣旨に基づくものということができる。もっとも、右諸規定は公法上の取締法規又は営業の準則の性質を有するに過ぎないから、これに違反した投資勧誘行為が当然に私法上違法と評価されるものではないことはいうまでもなく、右信義則上の注意義務に違反して私法上違法と評価されるかどうかは、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態及び投資経験、知識、投資目的その他当該取引のなされた具体的状況によって判断されるべきものである。
二 本件取引当時の原告の属性、投資経験等
甲第九号証、第一一号証の一、二、第一四号証の二、第一六、第一七号証、第一八号証の一、第一九号証、第三〇号証、乙第四号証、原告本人尋問の結果並びに前記争いのない事実を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、昭和三二年生まれの男性(本件取引当時三二歳)で、昭和五五年三月に大東文化大学法学部法律学科を卒業し、昭和五六年四月から法務局に勤務し主として不動産登記事務に携わっていたが、昭和六三年一一月に退職した後は無職となり、司法書士資格を得るため住所地において勉強していた。
2 原告の父は約二〇年前に死亡しており、同人から原告の母が自宅の向かい側にある幼稚園の経営を引継ぎ、当時原告は母と住所地に二人住まいであった。
3 原告は、法務局退職後は特に自らの収入はなかったが、本件取引当時、法務局勤務中に得た給与等から蓄えた資産として一〇〇〇万円余りを有していた。すなわち、原告は、昭和六〇年から数回にわたって信託銀行に預け入れた貸付信託「ビッグ」(いずれも五年もの)が九〇〇万円余り(昭和六〇年一〇月二日に住友信託銀行に原告の姉B名義で預入れた三〇〇万円、但しうち二三〇万円は姉から預かっていたもの、昭和六二年七月一六日に三菱信託銀行に預け入れた三〇〇万円、昭和六二年一二月一七日及び昭和六三年二月一二日にそれぞれ安田信託銀行に預け入れた一三〇万円及び一七〇万円)、昭和六三年四月に住友生命保険相互会社に払い込んだ一時払養老保険契約の保険料一五〇万円があったほか、被告会社(宮津支店)との間にも中期国債ファンド四〇万円及び長期国債ファンド「トップ」八〇万円の取引があった。この長期国債ファンド「トップ」については、原告は、昭和六三年二月二三日ころ、当時勤務していた京都地方法務局宮津支局に被告会社宮津支店のCが勧誘に来たことから購入したものである(平成二年四月五日に解約)。
このほか、原告は、過去に和光証券と中期国債ファンドの取引があったが、証券会社とは、以上の中期国債ファンド及び長期国債ファンド「トップ」の取引経験があるのみで、株取引については、信用取引はもとより、現物取引の経験もなかった。
信託銀行の貸付信託「ビッグ」は、半年複利で運用する変動金利の金融商品であるが元金は保証されている。また、証券会社の中期・長期国債ファンドは、安全、確実な公社債のみに投資する投資信託であるためにほぼ元金が保証されている。
三 本件取引のなされた状況
甲第八号証、第一〇号証の一、二、第一六、第一七号証、第一八号証の二、第一九ないし第二三号証、第三〇ないし第三二号証、乙第一号証、第三、第四号証、丙第一号証、原告・被告Y1各本人尋問及び前記争いのない事実を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、平成元年七月の司法書士試験は不合格となり、長期の受験生活を今後余儀なくされると考え、将来の生活のため少しでも高利回りに資金を運用したいと考えており、丁度被告会社宮津支店のCの後任の担当となった被告Y1から案内状が来ていたことから、同年八月下旬、被告会社宮津支店に電話をかけ、被告Y1に対し、お金があるのだが何かいい商品はないかと尋ねたところ、被告Y1は本件投資信託が募集中であったので、原告に対し、そのことを伝えた。これに対し、原告はビッグよりも利回りが良いのかと質問したところ、被告Y1はビッグよりも良いと答えた。そこで、原告は、同被告に対し、自宅に来て説明して欲しいと依頼し、同被告はこれを応諾した。
2(一) その翌日ころ、被告Y1が原告方を訪問した。被告Y1は、原告に対し、本件投資信託について、四年満期であること、二年間は解約できないこと、満期時に収益は一括して支払われること、募集期間は同年九月二一日までであることを説明した。
(二) 被告Y1は、原告に対し、「システムユニット89〔株式型〕-過去の同種の投資信託の実績-」と題するチラシを示した。これには、昭和六一年以降の同種の投資信託の運用実績が一一種の商品別に棒グラフで表示されているもので、その運用実績は最高一八・二五パーセント、最低でも五・二五パーセントとなっており、被告Y1は、このうち「システムユニット86(運用実績一八・二五パーセント)」、「システムポートフォリオ(運用実績一四・〇八パーセント)」「システムユニット86・2(運用実績九・八三パーセント)」、「システムユニット87・2(運用実績一一・三五パーセント)」、「システムユニット88(運用実績九・四六パーセント)」と記載された箇所に赤ペンで丸印を付けた。
また、被告Y1は、原告に対し、「スポット型償還実績 88年版」と題するチラシも示した。これによると、スポット型投信が昭和四八年に登場して以降昭和六三年九月までに償還された三七五本のスポット型投信の設定年毎の償還実績として、年率の償還実績は平均一〇・八パーセント、最高で年一三・一パーセント、最低で六・〇パーセントであること、年一〇パーセント台から年一六パーセント台のファンドが三七五本中二二九本であること、年六パーセント未満は二四本であること、近年では年八パーセント以上の運用実績を上げたファンドが九〇パーセント近くを占めることなどが図表で表示されており、更に、「スポット型ファンドは、昭和四八年にCB型でスタートしたが、今日では債券型、株式型、その折衷型など種類は豊富だ。その運用はグローバルに、より有利な投資を狙っているため、確定貯蓄では望めない“魅力ある商品”として仲々の人気を博している。またスポット型投信は中期国債ファンドと同じく、いまや全国の証券会社が取り扱っており、ズバリ証券界の人気商品の一つに成長した。スポット型ファンドの運用は株価などの波乱で、厳しい局面に遭遇し、基準価格が一時的に悪化するケースはしばしばみられた。しかし、ファンドのゴールつまり、償還時にはおおむね良好な実績を収め、“投資信託ならでは”の姿をみせている。」との説明がある。
これらのチラシはいずれも過去の償還実績を表したものであることはその内容から明らかであるが、株式投資信託が元本保証がないものであること、元本割れの可能性があることについては記載がない。
(三) 被告Y1は、原告に対し、右チラシを示して、被告会社の投資信託は大手証券会社の過去実績より良いと説明し、二桁で回ることもあると説明した。そして、本件投資信託について元金が保証されている安全な商品であるとも述べていない反面、元金割れの可能性があることも説明しなかった。
(四) 被告Y1と原告との間の本件投資信託に関する会話は一〇分程度で、その後雑談に及んだが、原告は、被告Y1に対し、自分が無職であるとは言わないで、父が亡くなったため幼稚園の経営を引き継いでいると述べ、連絡先として自宅の電話番号のほか幼稚園の電話番号を教えた。また、原告は、自動車好きで現在も自動車を保有しているが、次にスポーツカーの購入を検討しているとも述べた。
結局、原告は、被告Y1に対し、本件投資信託を購入するか否かの返事をせず、被告Y1は原告方を辞去した。
3 当時の信託銀行の貸付信託「ビッグ」は五年ものでも予想配当率の年平均利回りは五・七五パーセント(税引前)であったことから、原告は、これを途中解約しても本件投資信託の方がより有利な運用ができるものと考えた。ちなみに、右「ビッグ」は、一年を経過すればいつでも中途解約できるが、中途解約の場合、元金一万円につき五年もので一五五円、二年もので五〇円の利回り調整金が差し引かれることになっている。
そこで、原告は、本件投資信託を購入することを決意し、翌日ころ、被告Y1に電話をかけ代金を取りに来てほしい旨依頼した。一方、原告は、平成元年八月三一日、前記安田信託銀行の「ビッグ」を、平成元年九月一日、前記三菱信託銀行の「ビッグ」をそれぞれ全額解約し、九月一日に原告方を訪れた被告Y1に対し、本件投資信託六三八口分の買付代金六三八万円を支払った。
4 更に、原告は、本件投資信託に多く預ける程有利な運用ができると考え、その申込期間も平成元年九月二〇日までであったことから、前記の住友生命保険相互会社の一時払養老保険及び住友信託銀行の「ビッグ」も解約することとし、平成元年九月六日、右一時払養老保険を、平成元年九月一三日、右住友信託銀行の「ビッグ」をそれぞれ解約し、そのころ被告Y1に電話をかけ、本件投資信託を追加購入したいので集金に来て欲しい旨依頼し、同月一三日、被告Y1が三たび原告方を訪問し、本件投資信託四五〇口分の買付代金四五〇万円を支払った。
なお、原告は、本件投資信託の解約ができない二年間の資金として、長期国債ファンド八〇万円分及び中期国債ファンド四〇万円分をそのまま残しておいた。
5 本件投資信託は、信託設定日が平成元年九月二二日、申込期間が平成元年八月二一日から同年九月二〇日まで、募集単位は一口(一万円)単位であり、株式への投資には制限を設けないが、八〇パーセント程度を株式に投資するものとし、六〇パーセント程度をシステム運用部分とし、四〇銘柄の株式に等金額投資を行い、残りの四〇パーセント程度をフリー運用部分とし、その時々の株式や公社債等に投資するものであり、信託期間は四年、クローズド期間は二年で、期中における収益の分配は行わないというものである。被告Y1は、本件投資信託を原告に勧誘するにあたり、原告に対し、本件投資信託についての受益証券説明書を交付しなかった。
四 本件取引後の経緯
甲第五号証、第六号証の一、二、第一〇号証の三、第一一号証の一ないし四、第一二、第一三号証の各一、二、第三三、第三四号証、第三五号証の一ないし七、乙第四号証及び原告本人尋問並びに前記争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。
1 本件投資信託購入後、しばらくして被告会社宮津支店長名で、本件投資信託購入のお礼の書状が原告に送付された。
この書状には、「近年、投資信託のもつ収益性に投資家の皆様が注目するとともに、金融商品としての重要な位置を占めつつあります。個人の貯蓄手段選択の多様化により、安全性はもとより収益性が重視される傾向が高まっている昨今、お申込みいただきました当ファンドは、現在の日本経済の強さと成長力を背景に当社専門スタッフが運用し信託財産の着実な成長を目指す期間四年の単位型証券投資信託でございます。補足ではありますが、このような「株式型スポット投信」をこれまで数多く設定いたしておりますがその運用成績はいずれもが業界のトップクラスにあります。」等の記載がある。
2 本件投資信託の基準価格(設定日において一万円)は、平成二年九月二一日時点で七九三五円、平成三年九月に始めて日本経済新聞に掲載され、平成三年九月二一日時点で八一九三円、平成四年九月二一日時点で六二一九円、平成五年九月二二日時点で七〇二〇円と元本割れの状態で推移した。
3 この間、被告会社からは、毎年一一月に、原告に対し、「お取引残高明細」と題する書面が原告の自宅に郵送されたが、同通知書には「保護預り システムユニット89 六三八口、四五〇口」「一口一万円」と記載されているのみで、本件投資信託の基準価格は表示されていなかった。
4 平成四年九月末ころ、被告会社から原告の自宅に本件投資信託の第三期の運用報告書が送られてきた。同書面には、運用方針として「株式への投資を中心に、信託財産の成長をはかることを目的に積極的な運用を行います。」、運用方針として「我国の証券取引所に上場されている株式および内外の公社債を主要投資対象とします。信託財産の六〇%程度を選定された四〇銘柄の株式に等金額投資を行うシステム運用とし、残りの四〇%程度は、株式、公社債等に機動的なフリー運用を行います。」「株式組入制限 制限なし」「基準価額、平成四年九月二一日、六二一九円」との記載があり、原告は、この時点で本件投資信託が元本割れしていることを初めて知った。原告は、被告らに対しては問い合わせをしたり、苦情を述べたりなどしなかったが、信託銀行や市役所の法律相談等で相談した結果一年後の満期まで様子を見ることとした。
5 平成五年七月ころ、被告会社から原告の自宅に「『システムユニット89』運用概況のお知らせ」と題する書面が送付された。これには、被告会社及び日本投信委託株式会社の連名で、本件投資信託の運用期間中におけるわが国の株式市場は、平成元年一二月の高値示現後、歴史的な暴落にみまわれ、その影響を受けて、本件投資信託についても、基準価格が元本を下回ったまま、同年九月二一日の満期を迎える可能性が極めて高い状況にあり、信託期間の延長をし、引き続き基準価額の向上に全力で取り組む旨の記載があった。また、平成五年六月一五日時点の基準価格は七〇六四円と記載されていた。
6 原告は、償還日の延長をしないとの意思を表示するため、平成五年八月三〇日、本件投資信託を全額解約請求する旨の「催告書」を内容証明郵便で送付し、同年九月三日、被告会社から解約代金として一口当たり七〇二二円、一〇八八口合計で七六三万九九三六円(但し、右代金から銀行振込料三七〇円が控除されている。)が原告に支払われた。
7 原告は、平成五年一〇月ころ、原告訴訟代理人弁護士らに相談し、同弁護士らは、同年一一月一一日、被告会社宮津支店に対し、原告が本件取引によって被った損害を支払うよう催告した。
五 本件の勧誘行為の違法性について
以上認定の事実を前提として、本件における被告Y1の勧誘行為が違法であるかどうかを検討する。
1 適格性の原則違反について
(一) 本件投資信託は、株式組入比率制限のない成長型・単位型株式投資信託であり、実際にも八〇パーセント程度を株式に投資するものであって、株価の変動により基準価格が変動するものであるから、その実質は株式投資に近いものであり、長期・中期国債ファンドなど公社債のみに投資するため元本割れが事実上問題とならない公社債投資信託とは取引によって生じる危険性の程度に格段の差異がある。
もっとも、本件投資信託は、多くの銘柄の株式に分散投資する他、一部は公社債にも投資するというものであるから、その危険性は一般に株式投資よりもある程度低いものと考えられる。
(二) 原告のこれまでの資産運用は、元金が保証されている貸付信託「ビッグ」がほとんどで、証券会社との取引にしても、長期国債ファンド及び中期国債ファンドのみで元金割れの現実的危険性のある投資経験はなかったのであり、本件取引に至るまでは、原告は証券取引の知識も持ち合わせておらず、投資信託の仕組みも理解していなかったと考えられる。
そして、本件投資信託の買付代金に充てられた原告の資産は当面必要な資金というものではないが、無職であった原告が将来のために貯蓄しておいたものであり、元本割れの危険を冒してまでこれを投資する意思はなかったというべきであり、原告は、そのような意思で被告Y1に電話をかけて高利回りの商品の紹介を求めたものと考えられる。
(三) しかし、原告は、被告Y1に対しては、元金が安全な商品を紹介して欲しいと述べたことは認められず(これに反する原告本人尋問の結果は採用しない)、被告Y1は、原告が幼稚園の経営に関与しているとか、スポーツカーを購入したいとか述べていたこと等から原告が資産的に特に問題がないと考えていたのであって、現実にも原告の年齢・経歴等に照らしても原告は少なくとも通常人と同程度の社会常識及び判断力を有していたと認められ、本件投資信託については、その危険性は一般に株式投資よりもある程度低いものであって、極めて投機性が高いとか、特殊専門的な知識を要するというものでもないから、同被告が原告に対して本件投資信託を勧誘したことが適格性のない者に対する勧誘であったということはできない。
2 説明義務違反、虚偽・不実表示による勧誘について
(一) 被告Y1は、原告に本件投資信託を勧誘するにあたり、本件投資信託が元本割れのない安全な商品である旨明示的に述べてはおらず、その他原告に対しことさら虚偽の事実を述べたり断定的な表現を用いてその勧誘を行ったとも認め難い。
しかし、被告Y1は、原告に対し、本件投資信託は元本割れの危険性があることも説明せず、むしろ、チラシ類を用いて過去の運用実績を強調したきらいがあることは否めないのであって、原告は、被告Y1の過去の実績の説明などから本件投資信託が利回りが変動することは理解したが、これまで資産の運用を行ってきた貸付信託「ビッグ」や中期・長期国債ファンドはいずれも元本割れの危険はないか、あってもほとんど問題にならないものであり、本件投資信託についてもこのような商品と同様元本の保証された変動金利の商品であると信じて、「ビッグ」よりも有利に運用されるのであろうとの見込みから、原告の資産の大半である一〇八八万円を本件投資信託の購入に充てたものということができる。
(二) 被告Y1は、その陳述書(丙第一号証)及び本人尋問において、同被告が最初に原告宅を訪問した際に、原告に対し、本件投資信託についての概要が記載されたパンフレットを交付するとともに、株式で運用するものであること及びリスクについて説明したと供述し、原告はその陳述書(甲第三〇号証)及び本人尋問においてこれを否認する。そして、乙第一号証によれば、右パンフレットは「システムユニット89〔株式型〕」と題するもので、前記三5で認定した本件投資信託の仕組み、信託設定日、申込期間、募集単位、信託期間、クローズド期間、収益の分配等についての記載があるほか、「システムユニット89(株式型)は株式など値動きのある証券に投資しますので、元金が保証されているものではありません。お申込みの際は『受益証券説明書』をご覧ください。」と記載されており、この記載は字体がやや小さいもののパンフレットを一見すれば容易に判読できるものであることが認められる。
そこで検討するに、被告Y1が本件投資信託のリスクについて具体的にどのように説明したかについて同被告は何ら供述しておらず、同時同種の投資信託の運用実績が年一〇パーセント前後であって同被告自身元本割れという事態の生ずることを予想していなかったと思われることや前記四1の被告会社作成の書状にも本件投資信託の安全性を前提とした記述があることに照らしても、被告Y1が原告に対し明示的に本件投資信託の危険性を説明したとは認められない。次に、被告Y1は本件投資信託を説明する目的で原告方を訪れたものであり、前記チラシ類も持参していることからすると、パンフレットも原告に交付されたとも考えられないではない。しかし、他方、前記1(二)で認定した原告のこれまでの資産運用や原告が被告会社に電話をかけた動機に照らすと、原告が被告Y1の説明及びパンフレットの記載等により本件投資信託は元金が保証されているものではないことを理解したのであれば、わざわざ「ビッグ」等を解約してまで原告の資産の大半を拠出して本件取引を行ったとは認め難く、またパンフレットに記載のある受益証券説明書については、原告から請求がなかったことはもとより、話題になったことさえうかがわれないことを考えると、むしろパンフレットの交付はなかったものと推認される。
更に、被告Y1は、最初に原告方を訪問した際、原告から、今後相場がどのように動くか分からないので、もしこの商品を購入することになった場合、同年一二月ころにでもこの商品の単価の動きを連絡して貰えるかと尋ねられたので、これを承諾し、平成元年一二月ころ及び平成二年九月ころ、原告に対し、本件投資信託の単価を郵便で通知したが、原告からは何の反応もなかったとも供述するが、この供述もにわかに採用し難い。
また、被告Y1が原告に示した前記チラシ類には「株式型」、「スポット型ファンドの運用は株価などの波乱で、厳しい局面に遭遇し、基準価格が一時的に悪化するケースはしばしばみられた」といった記述があるけれども、この記述から本件投資信託が元金割れの危険のある商品であることを理解するのも困難といわざるを得ない。
(三) そうすると、本件投資信託については、株式投資ほどではないにしても、株価の変動により損失を受ける危険性が大きい一方、本件取引当時株式投資信託の仕組みや危険性について株式投資のようには一般に周知されていたとまでは考えられず、原告は少なくとも通常人と同程度の社会常識及び判断力を有していたとしても、投資信託についての知識経験を有していたわけでもないから、仮に被告Y1が本件投資信託は株式で運用するものであるという趣旨の説明をしたとしても、その程度では本件投資信託の危険性を理解し得る程度の説明とはいい難く、同被告は、原告に対し、本件投資信託は元本割れの危険のあることを説明すべき義務があったものというべきである。なお、被告Y1が前記三2(四)の原告の発言も相まって原告に資金的余裕があると理解したとしても、同被告が原告の投資経験や資産の額・内容、投資目的などを確認したことを認むべき的確な証拠はないから、それだけでは原告が本件投資信託の内容を理解していたと信じるに足る事情があったとはいえない。
右によれば、本件における被告Y1の勧誘行為には重要な事項について説明を尽くさなかった説明義務違反があるというべきであり、そのことについて同被告には過失があると認められる。
(四) なお、被告らは、原告に対し、本件投資信託についての受益証券説明書を交付していないものであり、乙第三号証によれば、本件投資信託の受益証券説明書には、募集又は販売の要領、投資信託の仕組み及び運用方針、信託約款の概要ならびに株式など値動きのある証券に投資するので元本が保証されているものではない旨の記載等があることが認められる。そして、証券投資信託法は、受益証券説明書を当該受益証券を取得しようとする者の利用に供しなければならないことを定め(同法二〇条の二第一項)、同法施行規則は、受益証券説明書を交付させる等当該受益証券を取得しようとする者の利用に供する措置を講じなければならない旨定めている(同法施行規則一一条二項)のであって、法令上は受益証券説明書を顧客の利用に供する措置を講ずれば足り、必ずしも交付が義務付けられているものではない。もっとも、甲第二四、第二五号証及び弁論の全趣旨によれば、証券取引法三〇条二項に基づく被告会社の業務方法書においては受益証券説明書を交付する旨記載していることが認められる。しかし、このような営業上の準則に反したからといって当然に私法上違法となるものでないことは既に判示したとおりであって、結局受益証券説明書の不交付は、既に判示した本件投資信託の勧誘時における説明義務違反の有無を判断する上での一事情として考慮されるべきものと解される。
六 運用報告書交付義務違反について
被告会社は、原告に対し、平成四年九月に初めて本件投資信託の運用報告書を交付したものである。この運用報告書については、証券投資信託法において、当該信託財産に係る受益者の利用に供しなければならないことを定め(同法二〇条の二第二項)、同法施行規則では、運用報告書を交付させる等当該受益者の利用に供する措置を講じなければならない旨定めている(同法施行規則一二条二項)のであって、受益証券説明書と同様法令上は顧客に対して必ずしも運用報告書を交付することが義務付けられているものではない。
そして、被告Y1は、二年を経過すれば換金が可能であることを原告に説明しており、被告会社が平成四年九月に原告に対し送付した運用報告書には平成四年九月二一日時点の基準価格は六二一九円と大きく元本を割り込んでいる旨の記載があったにもかかわらず、原告は被告らに対し何らの問い合わせもせず、苦情も述べていないことからすれば、被告会社が原告に運用報告書を交付しなかったことによって原告が本件投資信託を適時に解約又は買取請求をする機会を失ったとの原告の主張は認め難い。
七 被告らの責任
以上のとおり、被告Y1の原告に対する本件投資信託の勧誘行為は、説明義務に違反する違法なものであり、同被告にはこの点につき過失があるから、同被告は、これによって被った原告の損害について不法行為責任を負う。また、被告会社は、被告Y1の使用者として、民法七一五条の使用者責任を負う。
八 過失相殺及び被告らが賠償すべき損害額
1 原告は、本件投資信託を一〇八八万円で購入し、これを信託期間の延長に応じないで解約請求をしたものであって、右購入代金と解約代金七六三万九九三六円の差額である三二四万〇〇六四円が原告の被った損害と認められる。
2 被告Y1は、本件投資信託の勧誘に当たって、原告に対し、十分な説明を尽さなかったものとはいえ、ことさら虚偽の事実や断定的な表現を用いたり、強引・執拗な勧誘を行ったりしたものではなく、むしろ原告の側から積極的に商品の紹介を求め、二回にわたって購入の申込みをし、資産の大半を本件投資信託の購入に充てたのであって、原告にとって未経験の商品に多額の資金を拠出する以上、自ら本件投資信託の仕組みや危険性等につき、被告Y1に説明を求め、あるいはパンフレットの交付を求めるなど進んで知識を得ることにより取引を行うかどうかについて慎重に検討すべきであったのであり、また、そうすることも十分に可能であったのに、これを怠り、過去の実績の良さのみに気を取られ、安全なものであると軽信して本件取引に及んだものであるから、右1の損害の発生について原告にも相当の落ち度があったといわざるを得ず、以上の諸事情を考慮して原告の過失割合は八割と認めるのが相当である。
3 したがって、被告らが各自賠償すべき額は、前記1の三二四万〇〇六四円の二割に相当する六四万八〇一二円及び本件事案の内容、認容額等を考慮して本訴の提起・追行に係る弁護士費用として相当額と認められる七万円の合計七一万八〇一二円である。
九 結論
よって、原告の請求は、被告ら各自に対し、七一万八〇一二円及びこれに対する不法行為の後である平成六年三月一〇日(訴状送達の翌日)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(仮執行宣言は付さない)。
(裁判官 加藤正男)